2007年02月12日(月)
教育再生会議の改革案ージャイアンとのび太
教育現場の問題が数多くとりあげられ、安部政権のもと教育再生会議が召集。改革案がしめされたがこれに対し、神奈川県の教育委員会が慎重審議を求めて要望書を提出することとなった。という記事が先日神奈川新聞に報じられていた。 県内では2人の教育委員が再生会議のメンバーとなっている。 『学校』というある意味では閉鎖された社会だがだからこそ、そこでしか語れない教育的な意義や意味がもちろんある。 学校現場を知らないからこそ現代社会に通じる常識でものを言えるということもあるし、現場を知らずにまったく現実的でない机上の空論になることもあるだろう。学校の先生と話していてあまりに?と思うこともあればこどもたちにかける情熱やこどもとの交流の深さに感動することもある。 再生会議でこのほど示された内容のなかでわたしが心配に思ったのは『いじめる生徒の出席停止』の問題だ。いじめる、いじめられている、という定義がそんなに単純なものなのか、だれがみてもいじめている子はあの子だよ、とわかるようないじめなのか。いじめていた子が翌日は被害者となるような複雑なこどもの世界を単なる正義感だけで断罪できるのか大いに疑問だ。どらえもんの世界ではジャイアンがいじめっ子でのび太はいつもいじめられている。こんなのどかなわかりやすいイメージはまんがの世界のもの。 残念ながら実際のいじめの問題はもっと陰湿で非情なのではないか。 このことひとつをとっても再生会議の報告をただちに教育現場におろそうとすることはまちがっている。県教委の判断を支持したい。 安部総理の教育をなんとかせねば、という思いはわかるし、一刻も早く手を打たねばならないことも確かだがもっと現場とのすりあわせや理解を深める努力がのぞまれる。混乱の犠牲はこどもがかぶることになる。
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